2022年11月24日木曜日

ドライブ・マイ・カー (2021)

村上春樹の短編小説の映画化だけあって、村上ワールドをよく表現できていると思います。
静かな降り積もるような悲しみ、生きていくことの辛さ、感情の抑揚の少なさ、それでいてスタイリッシュ。

村上春樹の短編集『女のいない男たち』に所収された「ドライブ・マイ・カー」をベースに、「シェエラザード」「木野」の一部をモチーフにして物語を膨らませています。
また、劇中で実際に演じられるチェーホフの『ワーニャ伯父さん』も重要なパートを構成しています。

同じような悲しみを背負った親子ほど年の離れた2人の人間の車を介した交わり。
人は究極的には分かり合えない。
取り返しのつかない後悔、それでも人は生きていかなくちゃならない。
それが人生だから。

愛する、ということと分かり合える、というのは同意義なのだろうか?
愛する人が別の人を求めることに、なぜ心が苦しくなるのだろうか?
求めすぎることから解脱せよ、と釈迦が解いたように、何千年の昔から人間はこうなのだ。
あるがままを受け入れて生きていく、妻の浮気相手の若い男になぜかある夜説諭される。

当初釜山が舞台だった映画は、コロナで舞台を広島に移して撮影されます。あえて言うなら、瀬戸内の美しさをもっと表現して欲しかった。


  • 監督:濱口竜介
  • 出演:西島秀俊、三浦透子、霧島れいか



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2022年10月10日月曜日

BlacKkKlansman (2018)

Spike Lee 真骨頂、黒人人権ものです。
重いテーマですが、適度なユーモアと適度な反骨精神をおりまぜ、さすがの出来です。

プロデューサーの Shaun Redick が Ron Stallworth の原作の映画権を買い取り、Spike Lee を監督に選んだという経緯ですので、Spike Lee が初めから撮りたかった映画という訳ではありません。
しかし、以前からの Spike Lee の映画を見てきた者として、プロデューサーはやはり Spike Lee がピッタリと思ったんでしょう。

Spike Lee は、いい映画を撮るプロの映画監督として、いい仕事をしてます。
最近 "Inside Man"、"Chi-Raq"、"Pass over"、"American Utopia" と立て続けに Spike Lee の映画を観ましたが、映像作家としての腕前にホント感心してます。意外とオーソドックスなんですね。さりげなくスタイリッシュ。

黒人とユダヤ人の警官が、KKKに潜入捜査するという、あり得ない設定の(しかし多分実話の)ストーリー。
黒人主義者の集会に潜入捜査を命じられた黒人主人公 Ron は、逆に白人至上主義者の組織への潜入捜査を試みます。そこで登場するのがユダヤ人の相棒 Flip。電話の会話は Ron が、実際に組織の人と会うのは Flip、という役割分担です。
KKKというのは反黒人であると同時に反ユダヤでもある訳で、どっちにしてもリスクだらけの捜査なんですね。そこにスリルが発生します。

警察内部は人種を超えて協力し合いますが、中には人種差別者もいます。
コロラドがどういう土地柄か分かりませんが、警察はアメリカ社会の縮図なんでしょうね。

KKK の仲間内では嘘だろ、というような人種差別発言の連続ですが、そこは極端な思想の持ち主たち。一方で黒人主義者の集会では革命を叫び、過去の黒人少年リンチを語る。
憎悪が憎悪を増長しているアメリカ社会の深刻さが分かります。
舞台は1970年代ですが、巻末に出てくる映像は2017年の白人至上主義者の集会の模様です。
Donald Trump も映像に登場しますが、彼と彼の取り巻きが推進した「分断」は、過去のぶり返しに他ありません。
この映画は当時の政権と社会風潮に対する痛烈な批評でもあるわけです。

映画の最後では、恒例のスライド・カメラが発動され、「おっやっぱ出た」と思いましたね。

  • 監督:Spike Lee
  • 脚本:Charlie Wachtel, David Rabinowitz, Kevin Willmott
  • 出演:John David Washington, Adam Driver, Laura Harrier 


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2022年9月19日月曜日

竜とそばかすの姫 (2021)

細田守の世界×ディズニーです。白雪姫、美女と野獣、ラプンツェル。

それに、高校生、インターネット、日本の田舎、家族と今までの細田監督の映画のモチーフが混ざり合った、いわば集大成的な映画になっています。

閉ざされた心の解放、再生のための違う世界の必要性、匿名性の欺瞞、振りかざす正義、人を救うということ、傷ついた心と反発、恋と精神的つながり、人は人から助けられながら生きているということ、見守る力。
複雑なテーマが絡まり、一筋縄では理解できない映画でした。
その分深みがあり、余韻が複雑です。
いろんなテーマを詰め込みすぎたのか、狙って複雑さを出したのか。
多分ハリウッドでは、ストーリーをもっと単純化し、テーマを絞られていたことでしょう。

終盤に主人公が素顔で歌い出すところはグッときました。
個人的には、父親と娘の心のすれ違いが一番気になりましたが。

テーマ、ストーリーとは別に、背景描写の素晴らしさが際立つのも最近のアニメの特徴でしょうか。
高知の風景が美しく映画に溶け込んでいます。
ほんの数秒の描写のために、こんなに丁寧な絵を描くなんて!

それに、これはアニメでしか表現できない世界だというのも素晴らしいなと思います。


  • 監督:細田守
  • 出演:中村佳穂、成田凌、染谷将太


https://ryu-to-sobakasu-no-hime.jp


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2022年6月24日金曜日

Rain Man (1988)

久々に見ました。サヴァン症候群の兄と、20年ぶりくらいに再会した弟のふれあいの7日間を描いた映画です。

なにせ Dustin Hoffman の演技がすごい!この映画の成功は Dustin Hoffman の演技の出来でしょう。

 Dustin Hoffman 演じる兄のレイモンドは文字や数字を覚える、計算することにかけては天才的ですが、日常常識には興味がなく、同じ数字でも日用品の値段は分からない。人とのコミュニケーションは苦手で、ほとんど会話が成り立たない。
こちら側が言っていることにちゃんと反応してくれないところなんかは、うちの犬を思い出しました。
言うことを聞かせようと思っても、もちろん思った通りに動きませんし、こうして欲しいと思ってもまったく関係ありませんしね。

一方で弟の Tom Cruise 演じるチャーリーは、人を利用する、人を自分の思った通りに動かしたいタイプ。
まったく兄との対比が効いてます。
ずっと見ているとチャーリーの方が異常に思えてきます。正直やなやつです。

ほとほと兄に手を焼いていたチャーリーですが、カジノで兄の才能を「利用」して一儲けしたことをきっかけに、兄との距離を縮めていき、徐々に兄の、思う通りにならない行動を受け入れていくようになります。

そういう意味ではこれはチャーリーの再生の物語なんですね。兄は何も変わってませんから。

人を利用しようとしてないか、思い通りに動かそうとしていないか、自省させられる内容でした。


  • 監督:Barry Levinson
  • 原作:Barry Morrow
  • 脚本:Ron Bass
  • 出演:Dustin Hoffman, Tom Cruise, Valeria Golino


2022年6月16日木曜日

ペリカン文書 The Pelican Brief (1993)

Julia Roberts 見るといつも思います、「イチローに似とるな」って。この頃は特に。
"Pretty Woman" が1990年やから、この映画の頃は人気絶頂期だったでしょうね。
演技もすばらしい!
Denzel Washington もこの頃一番売れてましたかねぇ。

この二人のための映画、みたいな感じですが、ストーリーはこの時代にありがちな、大統領が絡む陰謀ミステリーです。Forsyth 的な。

新しく彫られた油田の油の輸送のための開発が、ペリカンの生息地を破壊することから、裁判沙汰になり、環境保護派の最高裁判事が暗殺された、という主人公が書いた推測が「ペリカン文書」です。
これにかかわった人がたくさん殺され、主人公もつけ狙われます。
何度も死の直前まで追い詰められながらも、徐々に説の証拠に近づいていく主人公たち。

ハラハラはさせられますが、人に裏切られるシーンがほとんどないところがいいですね。

  • 監督・脚本:Alan J. Pakula
  • 原作:John Grisham
  • 出演:Julia Roberts, Denzel Washington, Sam Shepard

2022年5月15日日曜日

日日是好日 (2018)

「にちにちこれこうじつ」と読むんですね。「びび」じゃなくて。

ガッツリお茶の映画でした。
恋愛も仕事も家族のサイドストーリーもほとんど出てこない。シーンのほとんどが茶室だったり、お茶の場面でした。

全体を通じて言えることは、茶道って「道」がつくだけあって、修行だということ。
型を習い、型を覚える。
繰り返すうちに自然と体が動き、フロー状態になる。
自然との一体感。
禅に近いのかもしれません。

樹木希林の快演が光ります。


出演:黒木華、樹木希林、多部未華子
監督・脚本:大森立嗣

https://www.nichinichimovie.jp
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2022年4月3日日曜日

Inside Man (2006)

Spike Lee 監督、ということで観ましたが、「らしさ」はあまり感じませんでした。主人公のレール撮影くらいかな。
でも、おもしろい映画でした。

銀行強盗ものですが、防御線を超える知的なトリックなし、アクションなし、カーチェイスなし、発砲なし、という、異色のストーリーだと思います。
サスペンス・エンターテインメントですが、最終的には社会派人間ドラマだということが分かります。

銀行強盗が最後に選んだのは、警察の交渉人との結託、というか信用関係なのがおもしろいですね。現代のロビン・フッドなんかな。

いい味を出しているのが曲者の弁護士。銀行会長に雇われて犯人との交渉をしますが、次第に会長の過去の戦争犯罪に気づいていく。でもちゃんとギブ&テイク。Jodie Foster の演技が素晴らしい!

全員なんかの正義感を持ってますが、全員それだけじゃないところがちょっとした深みを出してるんでしょうね。

当初 Ron Howard が監督候補だったということですが、彼が監督しててもそれはそれでいいエンターテインメントになっていたでしょう。
結局、主人公の市警フレージャーは、昇進と強盗から「贈られた」ダイヤを手にしてハッピーエンディング。このあたりの演出は Spike Lee 監督らしさ、ということかもしれません。

音楽は、Spike Lee の盟友 Terence Blanchard。いい感じです。


  • 監督:Spike Lee
  • 脚本:Russell Gewirtz
  • 出演:Denzel Washington (as Detective Keith Frazier), Clive Owen (as Bank robber Dalton Russell), Jodie Foster (as high-power broker Madeline White), Christopher Plummer (as The bank president Arthur Case), Willem Dafoe (as Police captain John Darius), Chiwetel Ejiofo (as as Detective Bill Mitchell)
  • 音楽:Terence Blanchard

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2022年3月26日土曜日

寝ても覚めても (2018)

今話題の濱口竜介監督作品ということで観てみました。
夢見てる状態と、覚めてる状態が「寝ても覚めても」なのか。
後半のドラマチックな展開にハラハラさせられますが、へー、そういう結末か、という感じ。

同じ顔の別人の男性の間で揺れ動く女心。

演出的には、何気ない日常を描き、挟み込むところがおもしろいと思いました。

東出昌大の不倫騒動の元になったのがこの映画だったんですね。残念ながら唐田えりかはそれで潰れてしまいましたね。かわいそうに。

後で気づきましたが、音楽は tofubeats だったんですね。ちゃんと聴いとけばよかった。

  • 監督:濱口竜介
  • 出演:東出昌大、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知、仲本工事、田中美佐子
  • 音楽:tofubeats


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2022年2月27日日曜日

マトリックス トリロジー (1999, 2003)


一気に三作観ました。

もう20年前になるんですね。サイバーパンクですが、現代のサイバー・フィジカルを予言しているのはすごいなあと思いました。

20年前に初めて「マトリックス」を観たときは、正直ストーリー展開についていけませんでしたが、今回改めて観て(しかも2回観直して)、やっと、あ、そういうことか、というのが分かりました。

三作観て、やっぱ一番面白いのは第1作目「マトリックス」です。
当時、ワイヤーアクションの凄さが話題になりましたが、そんな手段論より、その世界観に圧倒されます。
また、絶体絶命からの逆転ストーリーも、エンターテインメント映画展開的にもすばらしい。

Wachowski 兄弟もこれでやめてれば、偉大な映画作者だったと言えるのでしょうが、3作目まで進めてしまったのは正直失敗だったと思います。
それでも「リローデッド」までは期待感があったのですが、「レボリューションズ」の混乱の結末が全て台無しにしてしまったような気がします。
結末だけじゃなくて、代名詞だったカンフーアクションから一転して、宇宙船戦争ものになってしまいました。

監督・脚本 : Lana Wachowski, Lilly Wachowski
出演 : Keanu Reeves, Laurence Fishburne, Carrie-Anne Moss


2022年2月17日木曜日

セッション Whiplash (2014)

主人公の19歳ニーマンが、人生のイニシアチブを取るまでの物語。ラスト9分19秒のための紆余曲折の道のりです。

結構な人が観てますが、全く今どきでないシゴキ、高圧、支配による育成が新鮮なんでしょうか。スポ根バリの展開と異常な緊張感が場を支配していきます。俺だったらこんなのは耐えられんでしょうね。でも、夢に向けて前しか見ていないニーマンには、これが必要な試練に見えたんでしょう。

監督の Damien Chazelle の実体験をヒントにしたストーリーなのも驚きで、こんな世界はいっぱいあるんですね。

主人公が成功を夢見る世界がジャズなのも驚きです。
今どき、なんでジャズ?
ラストの "Caravan" にしても、1935年作ですし、劇中の演奏スタイルも '40 年代のビッグ・バンドです。同じビッグ・バンドでも Gil Evans のようなモダンさはない。
しかも、主人公が憧れているのは Buddy Rich。技巧派ですが、なんで Tony Williams や Elvin Jones じゃないのか? 原題の "Whiplash" にしても正直有名曲じゃないし、'70年代の曲やし。

と、音楽的にはツッコミどころが多い本作ですが、映画的には分かりやすいいい作品だと思います。

それにしても Damien Chazelle は "La La Land""First Man" と作品ごとに全然違う作風ですね。どういったスタイルでも一流の表現ができるのはスゴイなあと思います。

監督・脚本 : Damien Chazelle
出演 : Johnny Simmons, J.K. Simmons